議請第14号『高校歴史教科書検定での沖縄戦「集団自決」に関する記載内容」への修正指示撤回を求める意見書の提出を求めることへの不採択に賛成討論
平成20年2月定例会

無所属刷新の会の鈴木正人です。
議請第14号『高校歴史教科書検定での沖縄戦「集団自決」に関する記載内容」への修正指示撤回を求める意見書の提出を求めることについて、委員会の審査結果であります不採択に賛成の立場で討論させていただきます。
基本的にこの請願の不採択理由は、私自身は不満の残る結果となりましたが、昨年の12月後半に教科書6社から提出された訂正申請の内容が審議され、文部科学省が異例の承認をされたことから意見書を提出する必要がなくなったため、という事でありますが、この請願の文章にある沖縄戦における集団死・「集団自決」が「軍による強制・強要・命令・誘導等によって引き起こされたことは否定できない事実である。という文言を検証するために、私は1月後半に大学教授やジャーナリスト、一般の方や地方議員など総勢38名で沖縄の慶良間諸島を自費で現地視察させていただきました。
私たちの場合は、一方の言い分だけでなく軍の強制・命令によって慶良間の集団自決が行われたという方にもお話をお聞きしましたが、軍命令・強制があったとの証言はあるものの、実際に隊長の命令を聞いた証言ではなく、自分なりの解釈と噂話の域を超えておらず、私どもが突き詰めて矛盾点をお聞きすると「私はその当時生きていないのだから、事実はわからない。」との事でありました。お話をされた方は昭和23年生まれの方で、地元の新聞では堂々と「軍命令・強制は事実」であると主張し、報道されている方であります。
一方で、当時の状況を知る座間味島の第一戦隊本部付き伝令を担当し、座間味生まれの元少年兵宮平秀幸さんという78歳の方からお話を聞く機会をいただきましたが、「村の三役と校長が、当時の梅沢隊長に自決用の武器を求めたのに対し、隊長は『何を言うか!我々さえ戦う武器弾薬がないのに、あなた方を自決させるような武器など全くない。』と厳しく拒否したのです。拒否するだけでなく、『梅澤隊長が俺の言うことが聞けないのか!よく聞けよ。我々は国土を守り、国民の生命財産を守るための軍隊であって、住民を自決させるためにここへ来たのではない!自決するな!武器弾薬や毒薬など渡すことは出来ない』というものでした」という事で、むしろ自決するなと命令したとの証言でありました。
宮平さんは、隊長付きの伝令としてこの隊長発言を二メートルそばから実際に聞いており、その後、当時の村長が自決するために集まった忠魂碑前の村民に対して、梅澤隊長の命令によって解散するように命じた事も目撃しているのであります。
宮平さんに、ではなぜ全く違った報道がされるのか尋ねてみましたが、やはり以前もご紹介した渡嘉敷島の例と同じように「戦傷病者戦没者遺族等援護法」の適用を受け遺族年金の支給を受けるために、戦後ニセの軍命令書をつくった事がきっかけであろうとの事で、何度も地元のメディアに本当の事を証言するから取り上げてくれと連絡したそうですが、沖縄独特の異論排除、同調圧力などによってか地元の新聞社は全く取材に来なかったようであります。
しかし、ご承知の方もいるかと思いますが、最近になってようやくこの宮平秀幸さんの証言は産経新聞や、朝日新聞系の雑誌アエラなどでも取り上げられ、当時の本当の現場を知る証言が日の目を見るようになってまいりました。
それまでは、米軍の占領政策の中で、日本国土と沖縄を離間させる事や、米軍が解放軍であるよう植え付けようとして地元新聞社に書かせた「鉄の暴風」という本によってつくられた神話が戦後信じられるようになったという流れのようであります。
鉄の暴風では、「梅澤少佐のごときが朝鮮人慰安婦と不明死をとげた」などと現在生きている梅澤元隊長に対しても全くのデタラメの記述がされており、さらに、米軍に対しては「高いヒューマニズムがあった」と絶賛をしていたそうであり、そもそも誰がどういう目的で反日宣伝本を書かせたのかは、もはや明白でありましょう。
今回直接現地に行き、その時代に生きていた世代の方からお話を聞いて、この集団自決の軍命令・強制説は非常に疑わしいとさらに強く感じた次第であります。
しかし、沖縄だけに限らず、私も含めた戦後世代は色々な場面でこうした事実の疑わしい歴史を、メディアや教科書を通して教わってきたのでありますが、今こそ本当の史実がしっかりと検証され、どこかの国などの思惑などによって意図的につくられた歴史でなく、真実の歴史が後世に受け継がれるよう教育の形が変わっていくよう皆さま方にもお願い申しあげまして、今請願不採択に賛成の討論とさせていただきます。